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彼の高木文明という名前は国語教師だった父がつけたそうです。「文学に明るい人間になりますように」という父の思いが込められています。ただ、小学校高学年になると、社会の授業で「○○文明」という言葉が出てからは、友人たちに高木文明(たかぎぶんめい)と呼ばれるようになりました。いまだにそのころの友人に出会うと、「ぶんめい!」と声をかけられます。
彼は父の影響で、小さいころからとにかくたくさんの本を読んでいました。夏休みの読書感想文は、友人たちがなかなか本を読み終えることができずに四苦八苦している中で、感想文にしたい本が多すぎて、どの本を選ぶか苦労していたほどだったそうです。
中学校になると、本を読むだけではなく、自分で文章を書くことが楽しくなりました。エッセイやコラムをいろいろな雑誌に投稿するようになり、投稿欄に「高木文明」の名前が載ることも、一度や二度ではありませんでした。
地元の高校に進学した後は、古典文学に没頭し、図書館の本を読み漁りました。受付で「高木文明」と書かれた貸出カードを差し出すまでもなく、「高木さん、いつもありがとうございます」と顔を覚えられるほどになりました。
そんな彼の転機は大学への進学です。このまま大好きな本の世界に没頭したかったようですが、世の中は空前の就職難で、就職に有利な学科への進路も考えていました。そして、彼の将来を決定づけたのは、やはり父でした。

彼が進路を決めかねているころ、父が電子書籍を読むための端末を購入しました。父は「これで本の置き場所に困ることはない。好きなだけ本を読むことができる」と嬉しそうな顔で端末を彼に見せました。彼はそんな父の顔を見て「これからは紙の本だけじゃない。電子書籍の時代が来るかもしれない」と考え、思い切って県外の理系大学を受験することにしました。
大学では情報工学、いわゆるシステム開発を行うシステムエンジニアになるための勉強をしました。もともとのめりこみやすい性格もあって、これまで触れたことがない理系の世界に没頭しました。高校までの彼を知っている人は、「本の虫だった高木文明が、パソコンの虫になった」と驚いたそうです。
大学卒業後は、地元に帰ってシステム開発会社に就職しました。その会社は、多くの自治体からの仕事を請け負っており、彼は自治体向けサービスの担当となりました。仕事にも没頭し、会社や自治体の職員さんからも信頼していただけるようになり、「困ったときの高木文明」とまで言っていただけるようになりました。
彼はその会社を5年で退職し、今は小さな会社を立ち上げています。父が喜んでくれたように誰かの喜ぶ顔が見たい。その思いから、視覚障害や識字に難がある人でも文字を読めるようなシステムづくりを目指しています。どれだけやれるか。彼の挑戦は始まったばかりです。

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