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北澤篤史をご存知ですか?
北澤篤史は漫画家でもあり、私の友人でもあります。付き合いは遡ること、ずいぶん昔から始まっています。いわゆる幼馴染で、お互いの母親同士が仲が良かったので、小学校に上がる前の小さいころからよく遊んでいました。

北澤篤史は小さいころから絵がとても上手でした。私も好きで、昔も今も絵を描くのですが、どんなに頑張っても彼には一度も敵わなかったように感じます。その差が、私の絵は趣味でとどまり(イラストが描ける程度で、とてもそれで食べていけるレベルではありません)彼はプロになったのでしょう。

聞けば、彼の父も、とても器用な人だそうで、絵だけにとどまらず、工作全般が得意だと話していました。そのため、学校の課題などで何か北澤が物を作ったり、絵を描いたりするときに、子供のアイディアだけではうまくいかないときに時々教えてもらったりすることはあったようですが、それもごく小さいころのことだけで、基本的には手ほどきを受けたことはないそうです。この話を聞いて、彼の才能は「いわゆる遺伝というやつなんだなぁ」とつくづく思いましたね。才能というものが、本当にあるのだと実感しました。

子供の頃、北澤篤史はよくノートに漫画のキャラクターを描いていました。テレビや漫画雑誌のキャラクターをよく、ササッと。そういったものだけではなく、美術の分野での絵も上手だったので、学校などで使うポスターやビラのイラストも頼まれて描いていましたね。模写をするのはもちろんのこと、自分のオリジナルの漫画も小学生の頃にはすでに描いていました。私はクラスメイトといっしょによく見せてもらっていたものです。私もその頃、絵が(彼ほどではないにせよ)描けたので、漫画を描いてみたことがもちろんあります。ですが、ストーリーを考えたり、漫画の中にあるような動きのある表現をすることはとても難しく、自分と北澤篤史の持つ才能の違いに気付きました。

そんな北澤篤史がデビューをしたのは19歳の頃です。私も彼の作品の手伝いをしたことがあるんですよ。あのときは大変ながらも漫画家のアシスタント的なことができて、とても良い経験になりました。多少なりとて絵が描けてよかったなぁと思いましたよ。

北澤篤史は、今は週刊誌と月刊誌で1本ずつ連載をしています。デビューから今まで、連載をいくつも持っているわけではないですが、一度も締切に遅れたことがないのが、彼の自慢だそうですよ。これからも私は彼のことを応援しています。友人として、ファンとして、彼を支えて見守っていきたいですね。

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